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明治年間に創業した“芋売り銀次郎”が始まり

芋銀の始まりは明治時代(1800年代後半ごろ)。
まだ市場という制度が出来る前に町民相手に青果物を販売している
銀次郎という人物がいました。

当時、主な青果物といえば“芋”が中心。
その銀次郎の人柄や愛敬の良さから、「銀ちゃんこれも売って」といろいろな農家から青果物を持ち寄るようになり”芋屋の銀ちゃん”という
あだ名がつきました。
そんな親しまれたあだ名が縮まり今日の“芋銀”の始まりです。

その後、“芋屋の銀ちゃん”は、東海道五十三次の宿場町である鳴海宿
から七里の渡との間で店を構えるようになりました。

名古屋市中央卸売市場が開設されると同時に入場

昭和に入ると名古屋市熱田区伝馬町に拠点を移し、同業者5社で組合をつくり引き車の小売業者を相手の商売を開始。昭和27年には熱田青果物卸売市場内に青果販売部門を設立。

昭和30年に名古屋市中央卸売市場が開設されると同時に、青果物仲買人として同市場に入場して以来、
現在に至るまで果物を中心とした青果全般の仲卸業者として、同市場内ではトップクラスの取扱量
誇っています。

何事も相手の身になって考える

創業当初から当社が大切にしているのは、「何事も常に相手の身になって考える」ということ。
客商売の取引では、「お客様がどんなモノを必要としているのか」相手の身になって考えることは当たり前。
お客様の要望には、できる限りの努力をして真摯に応えるなど、柔軟な経営姿勢も心がけてきました。

その結果、各種システムの導入や取扱商品の拡大・新規事業の立ち上げなど、単なる仲卸しでは終わらない
様々な挑戦を続けています。